接近していれば理想だ

自分の自由時間をいかに使うか。
楽しく、有意義なら理想的。
仕事がハードで、ただただ心身を休めるだけの人もいる。
退屈で、やることがない人もいる。
年齢、状況によって異なる。

やりたいことがあるのに各々の事情で出来ない人もいる。
やりたいことを先送りして、とりあえず今しなければならないことをするしかない。
それが先の、将来の、やりたいことのためなら我慢も出来るだろう活動牙托
だが、今だけを生き繋ぐためなら虚しいと想像する。
やはり、明るい希望や未来に繋がらなければ絶望する。

ちなみに、わたしはヒマしている。
これは退屈とも取れるが、やるべきことをするために力を蓄えている、と、プラス思考の自己解釈。
人生には待ち時間が長い。
やるべきことは、ほんの一瞬。
そのために計画、準備したり努力したりする。
その、やるべきことこそ、「希望」や「使命」なんだろう。

やるべきことと、やりたいことが一致するのは不可能だとしても、接近していれば理想だ。
今、わたしは、長年、抱えていた塩漬け問題に少し動きが出ている。
胎動、予兆の時期は過ぎ、動き出している。


話は変わる。
「おひさま」(井上真央 主演)という、2011年、NHK朝ドラがあった。
同時、わたしは一生懸命朝ドラを観ていた。
ゲゲゲの女房」「カーネーション」「梅ちゃん先生」「純と愛」だとか脫面毛
そういう時期があったのだが、一度見始めるとずっと続けて見なければならなくなり、時間拘束、精神的束縛が窮屈になってやめた。
あの頃は若かった。
パリ一人旅を実現させた頃だった。
自分史において(大袈裟)、一つの転換期だったようだ。

相変わらず話は逸れている。
そのドラマ「おひさま」のストーリーでヒロインが、今までイメージだけで薄ぼんやりしていて、はっきり具体的な中身がつかめなかったが、ある程度固まり凝縮されて、徐々に形になっていった、「やりたかったこと」が最後に実現できて、それでドラマは終了した。
蕎麦を栽培して蕎麦店を経営するのだけれど。
ドラマ展開としては、お蕎麦屋さんに向けて頑張るのではなく、最後の最後に、ドラマ作家が流れでそういう筋書き展開にした、というような印象だった。
書いているうちに、筆が導いたパターンだとわたしは感じた。
最初にラストを考えて、そこから物語を作っていくパターンもあるが、そういうハッキリしたものはあまり感じなかった。
ラストに来る夢実現の具体的中身はなんでもよかったような気がした。
作者は書きながら考えたのではなかろうか下顎線